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万葉集巻第一より
たまきはる 宇智の大野に 馬並めて 朝踏ますらむ その草深野
【四番歌】
〇並め……「並(な)む」。並べるという意味。
〇踏ますらむ……「す」は尊敬の助動詞。「らむ」は現在推量の助動詞。お踏みになるだろう。
万葉集巻第一より
【三番歌】
やすみしし わが大王の 朝には 取り撫でたまひ 夕には い寄り立たしし みとらしの 梓の弓の なか弭の 音すなり 朝狩に 今立たすらし 夕狩に 今立たすらし みとらしの 梓の弓の なか弭の 音すなり
【研究】
冒頭部から六句目を参照して、祝詞における神明への感謝・崇敬などの表現に転用できます。語句の構成だけではなく、後半の語彙もおおむねそのまま使えそうです。実際に一例を示しますと、まず歌は、
やすみしし 我が大君の 朝には 取り撫でたまひ 夕には い寄り立たしし
初句と二句は神明をあらわす語句、例えば以下のように換えます。
ちはやぶる我が大神の
何を「取り撫でたまひ」、何に「い寄り立たし」なのかというと、(この歌では)弓なのですが、この弓を氏子崇敬者や参拝者などとするなら、祝詞文中の語句としてしっくりきます。
あとは微調整をします。まず、「取って撫でなさる」のは通常では考えられませんので、「撫で幸(さき)はへ給ふ」などとします。つぎに「い寄り立たしし」の最初の「し」は敬語ですが(二番目の「し」は過去の意味の助動詞)、これを「給ふ」に換え、「い寄り立ち給ひて」とします。まとめてみると、
ちはやぶる我が大神の朝には撫で幸はへ給ひ、夕にはい寄り立ち給ひて
最後の「……い寄り立ち給ひて」を「……い寄り立ち給ふ」とし以下、
大御恵を仰ぎ奉り、辱み奉りて
などとつなげれば、まずまず感謝・崇敬をあらわす表現となります。
万葉集巻第一より
【二番歌】
大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は かまめ立ち立つ うまし国そ あきづしま 大和の国は
〇国見……古代の予祝儀礼。国見そのものをするというなら不敬だが、発想は祝詞に生かすことができる。祈年祭祝詞において奉仕神社の鎮座地をほめ、秋の豊穣を乞い奉るなど。
〇国原は煙立ち立つ 海原はかまめ立ち立つ……「立ち立つ」を「立つ立つ」と読む訓もある。対句表現に注目したい。また、カモメの古い読みがカマメであることも。なお「煙」は炊事のけむり。
【研究】この歌の後半部分をもとに、語句や発想を活かして、作文してみます。
国原は煙立ち立つ 海原はかまめ立ち立つ うまし国そ あきづしま 大和の国は
これがまず、二番歌の後半部分。
大野の原に畠つ物のさはに生り生る 大海原に魚のあまた寄り寄る うまき処のよき処にしあれば
あまり対句が活かしきれていませんが、この一連の語句の上を「大神等の鎮り坐すこの〇〇はしも」などとすれば(〇〇は鎮座地の地名)、まずまず土地をほめる語句にはなります。
この後は、(こういうよい土地に住まわせていただいていることを)ご祭神に感謝申すべく、お祭りをとりおこないます、としてもよいですし、このたびだれそれがここに家を建てようとする運びとなりました、などと地鎮祭祝詞の一部でもつかえそうです。
祝詞語彙1
ここからしばらくは万葉集の歌の中から、祝詞作文に役立ちそうな語句を紹介いたします。といっても、ぜんぶで四千五百首あまりもありますので、巻第一が終わるまででひとつのくぎりにしたいと思います。なお、本文として使用するのはおもに岩波文庫版(新版)です。
万葉集巻第一より
【一番歌】
籠もよ み籠持ち ふくしもよ みぶくし持ち この岡に 菜摘ます児 家告らな 名告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我こそ居れ しきなべて 我こそいませ 我こそば 告らめ 家をも名をも
〇岡……歴史的仮名遣い注意。「をか」。
〇菜摘ます児……「す」は敬語(助動詞)。ものの本には「軽い敬意をしめす」などとあるが、どうか。敬語の発達とともに、「軽い敬意」と認識されるようになっていったとみるべきではないだろうか。いずれにしても謙譲語ではないので、この「す」参拝者の動作につけくわえることはできない。病気平癒祈願祭祝詞で参拝者が「病みこやす」などと書くのはおかしいし、一般の動詞の「す」とも混同しやすいので注意が必要だろう。本歌の「名告(の)らさね」の「さ」も同様。また、「しろしめす」「聞こす」などの「す」もこれで、すでに一語として認識されていることが多い。
〇家告らな……読みはイヘノラナ。「告ら」は式祝詞で多用されている「宣る」と同じ語。ここでは単に「告げる」という意味にとれる。祝詞でも「告げる」という意味でノルと読んでもよいわけである。
カテゴリー「祝詞語彙」について
このカテゴリーでは、おもに記紀万葉などのいわゆる神典から、祝詞でつかえそうな語彙を列挙し、紹介したいと思います(この場合の「祝詞」は広い意味での「祝詞」で、例えば神葬祭詞なども含みます)。
語句の選び方の基準は祝詞作文に役立ちそうかどうかだけで、ちょっとしたメモをつけくわえますが、神学的または文学的な解釈をするものではありません。語句の選定はあくまで私個人が注目するものですし、メモにしても文法的なまちがいや事実誤認などがあるかもしれませんので、ご注意ください。